文成帝期の胡族と内朝官
窪添慶文(お茶の水女子大学)
本報告は近年内容が明らかにされた文成帝南巡碑を主たる材料に用い、正史に見える官歴記載を整理して表を作成し、文成帝期に胡族各氏が占めた官制上の位置を明らかにしようとするものである。北魏が建国されて半世紀余、他政権から帰した世代の人々は少なくなり、第二、第三の世代が活動する文成帝期は、胡族がいかなる形で官僚としての途を歩むかという分析には適切な時期である。
列伝でみると、経歴がある程度わかる胡族の場合、中散官を中心とする内朝の官から官歴を始めるか、内朝の官を経るのが普通であった。一方、文成帝南巡碑には中散以外の北魏独特の内朝官に任じていた多数の人々の姓名が載せられている。それをみると魏書官氏志所掲で列伝に記載のない胡族を含めて、北魏政権に加わった胡族諸姓は、一般にまず内朝官に就き、到達度はともかくとして政権内で一定の政治的地位を確保していたことを確認できる。ただし、胡族諸姓が等しく内朝官に任ずる者を生み出しえたにしても、政治的な上層部に到達できるものは限られてくる。文成帝期前後に官僚となった人々、文成帝南巡碑や孝文帝期の弔比干文碑に出現する諸姓を併せてみた結果、北魏において官僚を多く出す有力な胡族として、拓跋氏以外に20姓を指摘できる。
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